ドキドキイビキ職人みみはなこのブログドキドキ 
いびきと睡眠時無呼吸 で悩む
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二十四節気は雨水[うすい]です。ちょうど昨年の今ごろから二十四節気を数え始めたから、一年前にはなにを考えてたのかと読み返しでみました。ふむふむ、発芽の三要素ですか。ミモザと木蓮の蕾の写真、、

なるほど。日記代わりになるなあ。

そう言えば、10年日記というものをその昔、通販生活かなにかで買って書いていたことがあった。365ページあって、1ページに10段の仕切りがあり、そのページを開くと、1年前2年前…10年前の今日は何をしていたのかわかる仕組み。しかし、ペンを持たなくなった。特に数年前からブログというものを書き始めて。スマホを使い始たのも通勤電車でブログを書くため…..

(ここで書くという言葉を二度も躊躇しながら使ってしまった。ペンを持たずに指先で叩くだけの行為を書くと’書いて’いいのだろうか。)

さて雨水。

文字通り雨水(あまみず)の中ずっと訪れたいと思っていた豊田美術館に行きました。谷口吉生さんの傑作建築です。 

    
   水の配置が素晴らしい。

ここのミュージアムショップのセレクトはなかなかのもの。

  
買ってしまった。

で、展覧会は?

それももちろんなかなかのもの。

山口啓介という現代美術の作家の展覧会。

心臓と原子にこだわる作品の数々でした。

 豊田で見つけたトヨタ以外のもの。しかし豊田はトヨタだらけでした。

で10年日記の今は?だってえ、こんな写真とか貼れないやん!

  
とほほのほ。

二十四節気は立春です。節分も過ぎ歳をひとつとって…春。しかし、本日はきっぱりと寒い。だから立春には全く相応しくない詩を思い出した。

《きっぱりと冬が来た

八つ手の白い花も消え

公孫樹の木も箒(ほうき)になった

きりきりともみ込むような冬が来た

人にいやがられる冬

草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た

冬よ

僕に来い、僕に来い

僕は冬の力、冬は僕の餌食だ

しみ透れ、つきぬけ

火事を出せ、雪で埋めろ

刃物のような冬が来た》

高村光太郎「冬が来た」この詩の作者を三好達治とまちがえていた自分。

この詩は「朗読」で初めて聴き知った。高校一年の時。寒い月曜日の朝、校庭で。

月曜日は朝礼で校長先生が壇上から訓話をされる。中村先生。こんなことを言ってはなんですが、校長先生という人が自分の就学時代に幾人かおられた中でいまでもしっかりと名前まで覚えている先生は中村先生だけです。とてもインテリジェンスのある尊敬すべき人格者でした。その先生がときに漢詩や古典から、ときに現代詩から、引用してされるお話が、当時も高校生の月曜朝礼なんてダラダラとした雰囲気満点の中に自分も漏れずダラけまくっていたにもかかわらず、なぜか心に残るものだったのです。

で、なぜ三好達治とまちがえたか?

中村先生は三好達治の「雪」も朗読されたことがあったからです。

《太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。

次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。》
立春に中村先生の朗読された冬の詩ばかりを思い出すのはな全部なんでしょう。

寒いから。

そして、この時代に読むべき本を読まなかったことも気がかりになります。

中村先生が勧めらた本、阿部次郎の「三太郎の日記」。 

 これは大正昭和初期の学生の青春バイブルだったようですが、いまからでも死ぬまでに読んでおきたいと思う寒い立春の朝、テレビではこの国のスーパースターが道を誤ってしまった話題しきりです。